ジアジリジンを用いるα,β-不飽和アミドのアジリジン化

〜 反応剤による幾何異性の制御 〜

 

                九州大学大学院理学研究院 伊藤芳雄

 

アジリジンは窒素原子を含む三員環化合物で、合成化学上重要なものである1)。その簡便な合成法としては、オレフィンへのナイトレン種の付加が広く用いられ、キラルな、銅、マンガン、ルテニウムなどの遷移金属錯体を利用したエナンチオ選択的アジリジン化も報告されている2)。この反応では立体特異性も高く、E-オレフィンからトランス体、Z-オレフィンからシス体のアジリジンが生成する(図1、ルート1および4)。しかし、ナイトレン源として[N-(p-toluenesulfonyl)imino]phenyliodinane (PhI=NTs) あるいはその誘導体を用いるため、生じるアジリジンの窒素原子上には置換基が残り、それを切断して遊離のアジリジン(R=H)とする事は難しかった。一方、N-無置換のアジリジンの合成法としては、ヒドロキシルアミン類を用いる方法が知られている3)。これはα,β-不飽和カルボニル化合物への1,4-付加とそれに続く、生じたエノレートの分子内求核置換反応による合成である。不斉補助基やキラルな錯体を用いた光学活性体の合成法も開発されているが、主生成物は熱力学的に安定なトランス-アジリジンであり(ルート1および2)、シス体の合成法としては適当でなかった。今回、ヒドロキシルアミン誘導体の代わりにジアジリジン誘導体を用いる反応を検討し、基質の立体化学に依存しないでシス体、トランス体、何れのアジリジンも選択的に合成可能となったので報告する(ルート1、2またはルート3、4)4)

     

ジアジリジンは二つの窒素原子を含む三員環化合物で、カルベン種を発生するためのジアジリンの前駆体として広く利用されてきた化合物である。これまでにジアジリジン自体を窒素供給源として合成反応に用いた例はほとんどなかったが、二つの隣り合った窒素原子のα効果や三員環構造による歪みエネルギーを考慮すると新しい反応性の開拓が期待された。

まず、ジアジリジンとしてを文献の方法に従ってシクロ

ヘキサノンより合成し5)、数種のオレフィンとの反応を検討した。その結果、予め1当量のブチルリチウムを作用させてリチオ体とした後α,β-不飽和アミドを加えると目的のアジリジンが生成する事を見出した(表1)。

Entry

Substrate

Time (h)

Yield (%)b)

1

2

3

4

5

6

7

 

 

3: R=C6H5

4: R=4-CH3OC6H4

5: R=4-ClC6H4

6: R=1-C10H7

7: R=2-Furyl

8: R=(CH3)2C=CH

9: R=CH3

11

3

4

4

16

4

24

    97

    99

    98

    86

    78

    83

    99

 

8

10

 

8

 

    52

Table 1. cis-Selective Aziridination of a,b-Unsaturated Amides with 1a)

a)

All the reactions were conducted in THF at -30°C with 2 equiv. of diaziridine 1 and butyllithium. b) Isolated yields of corresponding cis-aziridine amides after column chromatography. Another diastereomer of trans-aziridine amide could not be isolated.

さらに、生成したアジリジンの立体化学をNMRなどを用いて決定したところ、シス配置であった。この選択性は基質の幾何異性に関わりなく、E体またはZ体、何れの基質からもシス体のみが得られた(Entry 1と8)。即ち、熱力学的により不安定と考えられるシス-アジリジンが非立体特異的かつ高立体選択的に生成した(図1、ルート3と4)。

この反応は図2に示したように、ジアジリジンの1,4-付加とそれに続く分子内求核置換反応によるステップワイズな反応機構で進行していると考えられ、二段階目の閉環の際に立体電子的要求を満たす遷移状態(つまり、N-N結合のσ*軌道にエノレートのπ軌道が重なっている配座)において、ジアジリジンの3位のアルキル基との立体障害によってシス-アジリジンになったと考えられた。この考察に基づけば、ジアジリジンの3位のアルキル基の一つを取り除けば先の立体障害が減少し、逆に従来のトランス選択的アジリジン化も可能と考えられる。実際に、シクロヘキサンカルボキシアルデヒドから合成した6)を用いて同様の反応条件でアジリジン化を行ったところ、表2に示したように低いながらもトランス選択性となった(Entry 1)。溶媒としてトルエンを用いると選択性は向上し、E体から専らトランスアジリジンが得られるようになった(Entry 3)。Z-オレフィン10のアジリジン化では大きな溶媒効果がみられ、トルエン中とTHF中では逆の選択性を示した(Entry 4と5)。

このようにして基質の幾何異性に依存しないシスおよびトランス選択的アジリジン化法を見出したので次に不斉反応へ展開した。光学活性なジアジリジン11を文献の方法で合成し7)、約3:1で生成したジアステレオマーを分離後反応に用いた。その結果ほぼ

 

Table 2. trans-Selective Aziridination of a,b-Unsaturated Amides with 2a)

Entry

Substrate

Solvent

Temperature

(°C)

Time

(h)

Yield (%)b)

 trans      cis

1

2

3

4

5

3

3

3

10

10

THF

ether

toluene

THF

toluene

-30

-78

-78

-78

-78

24

4

4

4

4

52

86

74

48

11

21

5

<1

16

31

a) All the reactions were conducted with 2 equivalents of diaziridine 2 and butyllithium.    b) Isolated yields of corresponding trans- and cis-aziridine amides after silica gel column chromatography.

 

光学的にも純粋なシス体のアジリジンアミドを合成する事ができた。ただし、収率は最高でも4%程度であった(表3、Entry 1)。一方、光学活性な3-シクロヘキシルジアジリジン12は約2.6:1のジアステレオマー混合物として得られ、カラム分離後、アジリジン化に用いた。その結果、目的のトランスアジリジン誘導体が98% eeで収率よく得られた(Entry 3)。12のジアステレオマーdia-12を用いるとエナンチオマーが得られたのでジアジリジン上の不斉中心がエナンチオ面選択に重要な事が分かる(Entry 4)。さらに、生成したアジリジンをα-アミノ酸誘導体に変換してその絶対配置を決定したところ、12を用いたトランス選択的アジリジン化では、(2S,3R)-体が生成していることが判明した。また、マイナー成分である、シス体の絶対配置は(2S,3S)であった。これらの結果から、初めの1,4-付加におけるジアステレオ選択性が、続く閉環の際のシス-トランス選択性に反映されていることが示唆された。すなわち、閉環反応は1,4-付加したジアジリジン窒素の非共有電子対がLiイオンに配位したキレート中間体を経て進行しているものと考えられる(図3)。

 

Entry

 

Substrate

Diaziri-

dine

 

Solvent

Temp.

(°C)

Time

(h)

Yield, b) ee (%)c) and Confign.

  trans       cis

1

2

3

4

5

6

3

3

3

3

10

10

11

12

12

dia-12

12

12

THF

THF

toluene

toluene

THF

toluene

-30

-78- -30

-78- -30

-78- -30

-78- -30

-78- -30

11

4

12

4

4

4

     4 (>99) (2R,3R).

 77 (94) (2S,3R) 5 (98) (2S,3S)

 76 (98) (2S,3R)   3 (>99) (2S,3S)

 54 (96) (2R,3S)   7 (>99) (2R,3R)

 48 (92) (2S,3R)   8 (96) (2S,3S)

 39 (95) (2S,3R) 31 (88) (2S,3S)

 

Table 3. Asymmetric Aziridination of a,b-Unsaturated Amides with Diaziridine 11 or 12.a)

a) All the reactions were conducted with 2 equivalents of diaziridine and butyllithium. b) Isolated yields of corresponding trans- and cis-aziridine amides after silica gel column chromatography. c) Enantiomeric excesses were shown in parentheses.


    Fig.3. The prosible reaction mechanisms for asymmetric aziridination with 12.

   (Substituents at 12 and substrate are represented by straight lines for convenience.)

 

まとめ: 従来、アジリジン化における幾何異性は、1)基質の二重結合の幾何異性が生成物の立体化学に反映するもの(立体特異的反応)、2)生成する立体異性体の安定性に主に依存するもの(非立体特異的反応)に分類されていたが、今回、第三の幾何異性の制御法として、反応剤の置換様式に依存する立体選択性(非立体特異的反応)を見出すことができた。また、光学活性なジアジリジンを用いることにより、高エナンチオかつ高trans-選択的アジリジン化を可能にすると共に、今回のcis-あるいはtrans-選択性は、初めの1,4-付加によってエノレート中間体が生成する際のジアステレオ選択性に依存しているということを見出した。

 

  References

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[2] M. M. Faul, D. A. Evans, Asymmetric Oxidation Reactions Ed. T. Katsuki, Oxford Univ. Press, 2001, pp. 115-128. H. Nishikori, T. Katsuki, Tetrahedron Lett. 1996, 37, 9245. K.-S. Yang, K Chen J. Org. Chem., 2001, 66, 1676.

[3] A. H. Blatt, J. Am. Chem. Soc. 1939, 61, 3494. N. H. Cromwell, N. G. Barker, R. A. Wankel, P. J. Vanderhorst, F. W. Olson, J. H. Jr. Anglin, J. Am. Chem. Soc. 1951, 73, 1044.  D. L. Nagel, P. B. Woller, N. H. Cromwell, J. Org. Chem. 1971, 39, 3911.  A. Bongini, G. Cardillo, L. Gentilucci, C. Tomasini, J. Org. Chem. 1997, 62, 9148.  H. Sugihara, K. Daikai, X. L. Jin, H. Furuno, J. Inanaga, Tetrahedron Lett. 2002, 43, 2735.

[4] K. Hori, H. Sugihara, Y. N. Ito, T. Katsuki, Tetrahedron Lett. 1999, 40, 5207. H. Ishihara, Y. N. Ito, T. Katsuki, Chemistry Lett. 2001, 984.

[5] E. Schmits, R. Ohme, Org. Syn., Coll. Vol. V, 1973, 897.  B. Erni, H. G. Khorana, J. Am. Chem. Soc. 1980, 102, 3888.

[6] E. Schmits, Chem. Ber. 1962, 95, 688.

[7] G. V. Shustov, F. D. Polyak, V. S. Nosava, I. Liepina, G. V. Nikiforovich, R. G. Kostyanovsky, Khim. Getrotsikl. Soedin. 1988, 11, 1461.