錯体物性化学研究室

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スピン状態の自在変換

孔性配位高分子 (Porous Coordination Polymer; PCP) の骨格構造にスピンクロスオーバー部位を組み込んだ {Fe(pz)[Pt(CN)4]} (pz = pyrazine) は、室温付近でスピン転移を示す (T1/2up = 309 K , T1/2down = 285 K)。この化合物を用いて、骨格の磁気特性とホスト−ゲスト相互作用の相関を検討している。

  • プレスリリース「ガス分子が情報を ON-OFF する」:資料 [1], [2], [3]
  • (1) 化学的刺激による双方向可逆的なスピン状態変換: この化合物は、様々なゲスト分子を吸着する。ゲスト雰囲気下における in situ 磁化率測定、並びにスペクトル変化により、ゲスト分子によるスピン状態変換を確認した。O2 や N2 などの気体分子ではスピン状態は変化しない。一方、ほとんどの溶媒分子は構造を膨張させて(配位子場を弱くして)高スピン状態を安定化するが、CS2 だけは例外的に構造を収縮して低スピン状態を安定化する。このスピン状態の変化には、ゲスト分子と相互作用部位(pz および Pt) 間の相互作用が大きく寄与していることを、精密量子科学計算より明らかにした。多孔性骨格のゲスト分子への応答性を利用して、室温で双方向かつ可逆的なスピン状態の変換に成功した。(Angew. Chem. Int. Ed., 48, 4767-4771 (2009))
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  • (2) この化合物をハロゲンガス (X2) に曝すと、吸着したハロゲンが Pt(II) ユニットたり半分の Pt(II) を酸化してハロゲンイオン (X-) として Pt(IV) に結合した {Fe(pz)[PtII/IV(CN)4(X)]} が得られる。この構造中には [PtII(CN)4]2- と [PtIV(CN)4(X)2]2- が 1 : 1 で存在していることを、構造解析とX線光電子分光 (XPS) から確認した。このハロゲン付加体のスピン転移温度はハロゲンの電気陰性度に応じて変化し、特にヨウ素の場合は、ゲストフリー体と比べて約100Kも上昇した。 (T1/2up = 258 K (Cl), 293 K (Br), 372 K (I); T1/2down = 270 K (Cl), 324 K (Br), 392 K (I)) (Angew. Chem. Int. Ed., 48, 8944-8947 (2009))
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  • (3)(2)で合成したヨウ素付加体 {Fe(pz)[PtII/IV(CN)4(I)]} とゲストフリー体を固相混合して加熱すると、ヨウ素付加体からゲストフリー体へとヨウ素が移動することを見出した。DSC の発熱・吸熱ピーク位置の変化、および顕微ラマンスペクトルの温度変化における Pt-I 振動のピーク強度の変化から、ヨウ素体の高スピン状態への転移によりヨウ素の移動が誘起されることを確認した。この固相反応を利用して、ヨウ素含有量を制御した均一固体 {Fe(pz)[PtII/IV(CN)4(I)n]} が得られる。ヨウ素含有量 n を 0.1 刻みで変化させたサンプルのスピン転移温度は、300 - 400 K の範囲で n と一次の相関を示す。多孔性骨格内のヨウ素移動を利用して、ヨウ素含有量によるスピン転移温度の連続的かつ精密な制御に成功した。(J. Am. Chem. Soc.,133, 8600-8605 (2011))
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リポソームと金属錯体の複合化

質二分子膜で形成されるリポソームと金属錯体および配位高分子 (PCP) メゾサイズ結晶の複合化を検討している。現在は、リポソームの界面反応場(外表面、内表面、二分子膜内部および内水相)に異なる金属錯体を導入する複合化技術の確立に向けた実験を進めている。

  • (1) リポソーム空間での PCP メゾサイズ結晶の直接合成
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  • (2) コレステロール型膜親和性分子をアンカー配位子として用いたリポソーム外表面における PCP の逐次合成
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  • (3) リポソームの表面および内水相への異なる金属錯体の導入
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  詳細は、追って update します。


分子磁性体の磁気特性変換

位高分子を基盤に、構造と磁気的相互作用を制御することで電子スピンを長距離に渡って整列させて、磁石の性質(磁気秩序、自発磁化)を示す「分子磁性体 (Molecular-based Magnets)」 の研究を展開している。特にシアノ架橋で二種類の金属を集積させた系において、系統的に構造と磁性の相関の研究を進めている。ここでは、化学的および物理的に構造と磁性を変換した例を示す。

  • (1) 水の吸脱着による構造と磁気特性変換: シアノ架橋 Fe(III)Ni(II) 集積体 [Ni(dipn)]2[Ni(dipn)(H2O)][Fe(CN)6]2·11H2O は蜂の巣状の3次元多孔性構造を有しており、9.5 K で強磁性転移を示す。このサンプルを室温で真空乾燥すると、脱水サンプル [Ni(dipn)]2[Ni(dipn)(H2O)][Fe(CN)6]2·H2O が得られる。このサンプルは、脱水に伴ってシアノ架橋が分断されるためにブロードな粉末X線回折パターンを示すアモルファスになり、磁気秩序も消失する。しかし、脱水サンプルを水蒸気下に放置すると、吸湿して元の結晶相および強磁性が回復する。柔軟なシアノ架橋による多孔性かつ強磁性ネットワーク構造を構築することで、水の出し入れによる可逆的な結晶/アモルファスの変換、および強磁性/常磁性の変換に成功した。(J. Am. Chem. Soc.,129, 3496-3497 (2007))
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  • (2) 2次元シート構造を有する [Mn(NNdmenH)(H2O)][Cr(CN)6]·2H2O は 35 K でフェリ磁性転移を示す。このサンプルを 80 ℃ で加熱処理することで、無水物[Mn(NNdmenH)][Cr(CN)6] が得られる。単結晶の状態で脱水したサンプルのX線構造解析より、この化合物は加熱により Mn(II) に配位した水が脱離し、その配位水が抜けた部位に新たな Cr-CN-Mn 架橋が形成されて、3次元ネットワーク構造に変化することが明らかとなった。シアノ架橋を介した磁気的相互作用が3次元に展開されることで、フェリ磁性への転移温度は 60 K まで上昇する。この無水物は空気中に放置すると速やかに吸湿して、元の構造および磁性を回復する。Removable ligand として水を用いることで、可逆的な 2次元/3次元の single-crystal-to-single-crystal 構造変換、および磁気特性のチューニングに成功した。(J. Am. Chem. Soc., 129, 3496-3497 (2007))
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  • (3) 圧力による磁気特性変換: 3次元ネットワーク構造を有する [Mn(en)]3[Cr(CN)6]·4H2O は 35 K でフェリ磁性転移を示す。このサンプルをクランプセルを用いて加圧すると、1.03 GPa までの加圧で磁気相転移温度 (Tc) は 89 K まで上昇する。さらにダイアモンドアンビルセルを用いて加圧すると、 4.7 GPa までで Tc は 最高値 126 K に達するが、それ以上の圧力では低下し、20 GPa ではフェリ磁性が消失して常磁性体となる。加圧下での粉末X線回折測定から、4.7 GPa 以上でアモルファス化が進行することを確認した。4.7 GPa までの加圧では圧力解放後に元の構造と磁性が回復するが、それ以上では不可逆的にアモルファス化する。柔軟なシアノ架橋を利用して、外部圧力による構造変化、すなわち磁気軌道の重なり積分を変化させることで磁気特性の変換に成功した。(J. Am. Chem. Soc., 130, 4475-4484 (2008)
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