研究内容

生体関連高分子ゲルの物理化学

硝子体はコラーゲンとヒアルロン酸ナトリウムからを主成分とする希薄なゲルで,ポリマーの割合は約1〜2%で残りは水です。したがって,希薄ポリマーネットワーク内で大量の水が維持されます。硝子体は,レンズと網膜の間にあり,眼の全体積の80%を占め,眼球の形状を維持,外部の機械的衝撃の吸収,目の恒常性維持,レンズ位置調節が主な機能です。硝子体の外観は透明であるため,硝子体は均一な組織と見なされてきましたが,その構造・機能はまだ未解明な部分が多いのが現状です。硝子体は複雑な構造をしており,その中で非常に柔軟なヒアルロン酸ナトリウムが,コラーゲンの半剛性ネットワークによって織り込まれていると考えられています。しかしながら,硝子体が実際にゲルネットワークであることを検証するために,硝子体ゲルの動力学と相平衡特性に関する研究は行われてきませんでした。いくつかの疾患は,硝子体の複雑な構造の変化に影響を与えます。硝子体の分解は,後部硝子体剥離,硝子体出血,網膜剥離などの多くの疾患を引き起こす可能性があります。硝子体の機能の根底にある原理の探索では,その物理化学的特性を明らかにし,理解することが重要であり,これは硝子体疾患のメカニズムのより深く理解するためにも重要です。我々は,この目的のために,主に豚硝子体を用いて研究を行っています。その一例として,硝子体から散乱された光のダイナミクスの観察から,コラーゲン繊維ネットワークのメッシュに充填されたヒアルロン酸ナトリウムを含むゲル系の密度ゆらぎを記述するための理論を構築しました。コラーゲンとヒアルロン酸ナトリウムのダイナミクスは,光散乱測定から得られたゆらぎの2つの緩和モードを上手く説明します。実験から得られたコラーゲンの拡散係数は,水溶液中の拡散係数に非常に近く,硝子体が膨潤状態にあることを示唆しています。拡散係数は,散乱光がサンプリングされた硝子体の位置(表面または中央部)に依存することも明らかになりました。ヒアルロン酸ナトリウムとコラーゲンの不均一な分布と硝子体の殻構造が示唆されました。

[Figure Caption]
Example of the ultra-structure of the bio-related hydrogel: Schematic diagram of adult vitreous ultra-structure depicting the relationship between hyaluronic acid molecules and collagen fibrils.

生体関連高分子ゲルの物理化学
参考文献
  • [1] T. Matsuura, Y. Hara, F. Taketani, E. Yukawa, S Maruoka, S. Sasaki and M. Annaka: Dynamic Light Scattering Study on Calf Vitreous Body, Macromoleculs, 37, 7784-7790 (2004).
  • [2] T. Matsuura, Y. Hara, F. Taketani, E. Yukawa, S Maruoka, K. Kawasaki and M. Annaka: Volume phase transition of bovine vitreous body in vitro and determination of its dynamics, Biomacromoleculs, 5, 1296-1302 (2004).
  • [3] M. Annaka, M. Okamoto, T. Matsuura, Y. Hara, S. Sasaki, Dynamic Light Scattering Study of Salt Effect on Phase Behavior of Pig Vitreous Body and Its Microscopic Implication, J. Phys. Chem. B, 111, 8411-8418 (2007).
  • [4] Toyoaki Matsuura, Naokazu Idota, Yoshiaki Hara and Masahiko Annaka, Dynamic Light Scattering Study of Pig Vitreous Body, Prog. Colloid and Polym. Sci.,136, 195-204 (2009).
  • [5] Masahiko Annaka and Toyoaki Matsuura: Physical Properties of Pig Vitreous Body, in Rheology of Bio-related Soft Matter: Fundamentals and Applications, Isamu Kaneda Ed. Splinger (2016).
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コロイド複合体の相挙動とミクロ構造

中性高分子および高分子電解質から構成されるブロック共重合体と高分子電解質と反対電荷を有する界面活性剤が水中で形成するコロイド複合体の相挙動とミクロ構造の研究を行っています。我々は,リビングラジカル重合により合成した中性高分子としてPNIPAm,高分子電解質として負の電荷を有するPAAから成るジブロック共重合体PNIPAm-b-PAAと正の電荷を有する界面活性剤DTABが形成するコロイド複合体の水中における相挙動とミクロ構造の研究を行っています。DTABとPNIPAm-b-PAA(α = 0.75)との電荷比Z = [DTAB]/[ PNIPAm-b-PAA]が電荷比の臨界値ZCより低い場合(Z < ZC),複合体は単独のDTABミセルに数本のPNIPAm-b-PAAが結合した状態で存在する (Fig. 3a) のに対し,ZC < Zである場合,複合体はコアシェル構造を有することが明らかとなりました。コアはPAAブロックと結合したDTA+ミセル間の距離が約38 Åで密に詰まった構造をしており,この距離は電荷比Zに依存しないことが明らかとなりました。また,複合体のコロナ(シェル)は感温性高分子PNIPAmにより構成され,PNIPAm鎖の相転移温度以下(T < TC)では,膨潤し,その立体効果により水中で安定に分散することが明らかとなりました。 このコロイド複合体は,DNAが4種類のコアヒストン(H2A,H2B,H3,H4)から成るヒストン8量体に巻き付いて形成するヌクレオソームの物理化学的の解明のためのモデル化合物として,DNAの物理化学の発展に取り組んでいます。

[Figure Captions]
Figure 1 Chemical structures of PNIPAm-b-PAA and DTAB.
Figure 2 Phase diagram obtained for the system of PNIPAm-b-PAA/DTAB/water at c = 0.4 wt% with the degree of neutralization of PAA block α = 0.75.
Figure 3 Structure of PNIPAm-b-PAA/DTAB complexes for (a) Z < ZC and Z > ZC proposed by SANS.

コロイド複合体の相挙動とミクロ構造
参考文献
  • [1] M. Annaka, K. Morishita and S. Okabe, Electrostatic Self-Assembly of Neutral/Polyelectrolyte Block Copolymer and Oppositely Charged Surfactant, J. Phys. Chem. B, 111, 11700-11707 (2007).
  • [2] Tsuyoshi Matsuda and Masahiko Annaka, Salt Effect on Complex Formation of Neutral/Polyelectrolyte Block Copolymer and Oppositely Charged Surfactant, Langmuir, 24, 5707-5713 (2008).
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疎水化水溶性高分子の動的構造

様々な疎水化水溶性高分子中で,疎水性末端基を有するテレケリック誘導体は,水中で形成する花型ミセル凝集体が,臨界濃度以上で粘弾性流体を与える性質が注目されています。我々は,末端にオクタデシル基を有するテレケリック疎水化PNIPA (HM-PNIPAm)(図a)の動的性質を,応力緩和測定および動的光散乱測定により検討しています。HM-PNIPAMは希薄状態で星形の花型ミセル(flower-like micelle)を形成し,ある閾値濃度を超えると花型ミセルが高分子鎖により連結したネットワーク(micelle network)を形成します(図b)。高分子濃度がある閾値以上では,系は粘弾性体を形成し,動的光散乱測定から,その動的構造には2つの緩和ステップが観測されます。速い緩和は波数ベクトルの二乗q2に比例する拡散モード,遅い緩和は波数ベクトルとはほとんど無関係です。応力緩和の終端時間 τRと遅い動的構造因子 τSの遅いモードは,花型ミセル凝集体のオクタデシル基のミセル中への滞留時間によって制御されると考えられます。これらの結果は,弾性率と滞留時間によって特徴付けられる準濃厚溶液の理論をMaxwell粘弾性媒体に拡張した,いわゆる2流体モデルにより説明することができます(図c)。

[Figure Caption]
(a) Chemical structure of HM-PNIPAM (Mw = 20000)
(b)Schematic illustration of micelle network of HM-PNIPAM.
(c) Normalized inverse characteristic times as a function of q2 in reduced unit for 50 - 300 mg mL-1 of HM-PNIPAM at 20°C. The lines are calculated with the values Deff, Dcoll and τR obtained by DLS and rheology measurements. Circle (square) symbols correspond to the slow (fast) mode.

Dynamic Behavior of hydrophobically modified poly(N-isopropylacrylamides) in water
参考文献
  • [1] T. Fujimoto, E. Yoshimoto and M. Annaka: Study on Self-Assembly of Telechelic Hydrophobically Modified Poly (N-isopropylacrylamide) in Water, Prog. Colloid and Polym. Sci., 136, 77-86 (2009).
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新しいバイオイメージング法の開発

この研究の目的は,組織,細胞,生体材料の生体力学的特性およびレオロジー的特性を非侵襲的に測定するための,ブリルアン光散乱による新しい生物医学的イメージング技術を開発・検証することです。自発的ブリルアン散乱は,サンプルに本質的に存在する光と音波の相互作用から発生します。散乱光のスペクトルシフトを検出することで,サンプルの極超音速粘弾性特性を物理的な接触なしに微視的な空間分解能で測定できます。ブリルアン分光法は,物性物理学および環境センシング分野ではすでに重要な測定法のひとつとして認知されていますが,生物科学および臨床医学におけるその潜在的用途は十分には研究されていないのが現状です。我々は,ブリルアン分光法を生物科学および臨床医学分野で新しい実用的な測定法として確立し,そして多くの潜在的な用途に対して検証することを目指しています。現在,我々はブリルアン分光法を用いた弾性イメージングを眼科学分野,老眼,白内障,角膜拡張症などの様々な水晶体や角膜の疾患の早期発見,スクリーニングのための有用な診断ツールとすることを目指しています。この技術は,癌や組織工学における細胞バイオメカニクスの研究にも役立つかもしれません。

[Figure Caption]
(A) Accommodation is the process by which the vertebrate eye changes optical power to maintain a clear image or focus on an object as its distance varies.
(B) Left: Schematic of the murine eye. Right: images of the crystalline lens extracted after measurement. The arrow indicates the beam entrance direction.
(C) In situ characterization of the crystalline lens in a mouse eye. Brillouin frequency shifts measured at various depths along the central optic axis (blue circles), showing a twofold increase from the outer layers (cortices) towards the lens centre (nucleus). Error bars represent the measurement uncertainty. C: cornea, A: aqueous humour, L: lens, V: vitreous humour, and R: retina.

新しいバイオイメージング法の開発
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眼科領域バイオマテリアルの開発

白内障は,年齢とともに発症する水晶体の光学的欠陥によって引き起こされ,視力の低下が進行し,最終的には失明につながる可能性があります。現在,プラスチックレンズを使用して水晶体を外科的に交換することはできますが,完全な交換ではありません。たとえば,単焦点を使用することが多く,設定範囲外で焦点を合わせる能力(調節力)が制限されます。また,眼内で位置ずれなどの問題を引き起こす可能性があります。そこで我々は,機能を失った水晶体を除去した後に,水晶体嚢に溶液状態に注入し,注入直後にゲル化するに「インジェクタブルナノコンポジット材料」を開発しました。ナノコンポジット材料は,シリカナノ粒子を分散させた疎水性修飾ポリエチレングリコール水溶液で水晶体嚢を満たし,体温でゲル化させることで,嚢にぴったりとフィットするため,複雑な手術を必要としません。さらに,単焦点レンズでは,焦点を選択する必要がありますが,我々の開発した材料の場合は,ゲル自体が調節機能を有しているため焦点距離を変化させることができます。インジェクタブルレンズはこれまでにも研究例はありますが,その多くはモノマー水溶液を嚢に注入し,嚢内で重合させるもので,未反応のモノマーの毒性と,モノマーの漏れをもたらすなどの問題がありました。水晶体嚢内下でゲル化が固化インジェクタブルゲルの重要性は今後益々高まると予想されますが,ゲルの水晶体嚢内での寿命等,今後さらにin vivoでの研究が必要です。

[Figure Caption]
(a) Injection of E30S30 nanocomposite gel into the pig lens capsular bag by using syringe with 27-gague needle.
(b) Lens capsule filled with E30S30 nanocomposite gel (top view).
(c) Lens capsule filled with E30S30 nanocomposite gel (side view). E30S30 nanocomposite gel is confirmed to form a robust gel rapidly and keep a proper shape in the pig lens capsular bag.
(d) Objects viewed though the in-situ endocapsular gelled E30S30 lens appeared clear and undistorted. E30S30 lens provides same magnification as it is for the dissected natural pig lens. Dissected natural pig lens is shown on the downside for comparison.

眼科領域バイオマテリアルの開発
参考文献
  • [1] S. Maruoka, T. Matsuura, Y. Hara, M. Kodama and M. Annka: Biocompatibility of polyvinylalchol gel as a vitreous substitute: Experimental Eye Research, 31, 599-606 (2006).
  • [2] Masahiko Annaka, Kell Mortensen, Martin E. Vigild, Toyoaki Matsuura, Souichiro Tsuji, Tetsuo Ueda, Hiroki Tsujinaka: Design of an Injectable in Situ Gelation Biomaterials for Vitreous Substitute, Biomacromolecules, 12, 4011-4021 (2012).
  • [3] Masahiko Annaka, Kell Mortrensen, Toyoaki Matsuura, Masaya Ito, Katsunori Nochioka, Nahoko Ogata: Organic–inorganic nanocomposite gels as an in situ gelation biomaterial for injectable accommodative intraocular lens, Soft Matter, 8, 7185-7196 (2012).
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ゲル中に分子配向やマイクロメートルオーダーの構造を導入する

通常の方法で調製されるゲルは巨視的には等方的で均一です。一方、生体の中のゲルは分子配向による異方的な性質や、マイクロメートルオーダーの微細構造を持つ場合があります。我々は、生体高分子溶液中を架橋剤が拡散する条件でゲルを調製すると分子配向や巨視的なパターン形成を示すことに着目し、その構造を明らかにしました[1]。また、フォトリソグラフィーの手法を応用し、無機クレイナノ粒子を含む強靭なハイドロゲル中に、弾性率や温度応答性の異なる領域を形成させ、マイクロメートルオーダーの構造を導入することに成功しました[2,3]

ゲル中に分子配向やマイクロメートルオーダーの構造を導入する
参考文献
  • [1] Yasuyuki Maki, Kazuya Furusawa, Takao Yamamoto, Toshiaki Dobashi, Structure formation in biopolymer gels induced by diffusion of gelling factors, J. Biorheol.32, 27-38 (2018).
  • [2] Yasuyuki Maki, Poly(N,N-dimethylacrylamide)-clay nanocomposite hydrogels with patterned mechanical properties, Colloid Polym. Sci. 297, 587-594 (2019).
  • [3] Yasuyuki Maki, Toshiaki Dobashi, Poly (N-isopropylacrylamide)-Clay Nanocomposite Hydrogels with Patterned Thermo-Responsive Behavior, Trans. MRS-J 42, 119-122 (2017).
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ハイドロゲルの潤滑と摩擦

我々が体を動かすときに抵抗を感じないことからわかるように、運動に関わる生体組織は非常に低摩擦です。ハイドロゲルはその柔らかさや水を多く含むことから、生体組織に近い性質をもっていると言え、生体組織のモデル物質や、医療用の生体代替材料として注目されています。ポリビニルアルコールゲルにµmオーダーの表面形状を施すことでその滑り摩擦が変化することを発見しました。ランダムな表面粗さはハイドロゲルの摩擦を大きくし、くぼみの表面形状は摩擦を小さくします。疾病等に伴う関節軟骨表面形状の変化について理解を進めることや、人工関節軟骨材料への応用が期待されます。

ハイドロゲルの潤滑と摩擦
参考文献
  • S. Yashima, N. Takase, T. Kurokawa, J. P. Gong, Friction of hydrogels with controlled surface roughness on solid flat substrates, Soft Matter 10, 3192–3199 (2014).
  • S. Yashima, V. Romero, E. Wandersman, C. Frétigny, M. K. Chaudhury, A. Chateauminois, A. M. Prevost, Normal contact and friction of rubber with model randomly rough surfaces, Soft Matter 11, 871-881 (2015).
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